6月 042012
 

1968年のモーターサイクリスト誌8月号です。由良拓也氏は1951年8月生まれなので、この投稿が掲載されたのは満17歳になる直前という事になります。

当時、由良氏は杉並にある工業高等専門学校の工業デザイン科の生徒で、学校にはバイク通っていて環七が通学路だったそうです。父親が工業デザイナーという恵まれた環境で、当時からバイクや物造りに興味があったのでしょう。

この投稿にあるBS90Sはブリヂストン90スポーツ(EA1)の様ですね。1964年に発売された高性能なバイクで人気を博しましたが、1966年にブリヂストンがバイクの生産から撤退したのにあわせて販売が終了しました。由良氏はこれで毎日環七を走って通学していたのでしょうか。

一緒に掲載されているゴーカートは既製品でしょうか。それとも由良氏の自作なのでしょうか。父親のデザイン事務所ではスタッフが小型の汎用エンジンを使ってミニチュアのバイクを造ったりしていたそうですので、これもそういった出自なのかもしれません。

由良氏はこの頃、自宅の近所で偶然にレーシングカーを製作しているガレージを見つけて通う様になり、次第にそれを手伝う様になったそうです。

そしてその一年後、レーシングカー造りこそ自分が進む道と決めた由良氏は、ガレージが京都に移転するのにあわせて3年間通った学校を中退(高専は5年制)し、京都に移り住んだとの事。

多感な17歳当時、偶然見つけたレーシングガレージとそこで出会った人が縁でレーシングカーデザイナーの道を歩み始めたきっかけに、このBS90Sが関わっていたのかもしれません。

由良氏の当時の様子はご本人の書かれたエッセー「ゆたらくヒストリー」を見ていただいた方がよいでしょう。その第一話「由良少年のレースはじめて物語」の書き出しはこうです。

遡ること30数年前のある晴れた朝、今でいうストリップダウンなるカスタムを施したやんちゃなスーパーカブで、東京の環状七号線をひた走る由良少年の姿があった。急がなければ遅刻をしてしまう、そう、まだ16歳だったボクは東京の杉並区にある育英高専の学生だったのだ。レッグシールドを外し、アバルトのマフラーをつけたスーパーカブで、環七に爆音を響かせ、自宅のあった目黒区柿ノ木坂から学校までの道のりを走り抜けるのがボクの日課。当時の環七は、渋滞もない今では信じられないほど長閑( のどか)な道。そこを始業ベルに間に合うようにと、日々タイムトライアルを繰り返す……。

やはり由良氏のバイクライフもスーパーカブから始まった様ですね。

ゆたらくヒストリー第1話「由良少年のレースはじめて物語」

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