そろそろDream125のリアタイヤにスリップサインが現れてきそうなので、つぎは↓これを試そうかと思う。

チューブタイプのホイールをチューブレス化するOUTEXのチューブレスキットだ。

リムのスポーク穴を裏側からシールして空気が漏れない様にし、チューブレス用のエアバルブを取り付けるという原理的には簡単なモノ。私もこの製品を知る前から考えてはいたが、チューブレスとチューブタイプのリム形状の違いの有無が確認できず、テストに至っていなかった。しかしOUTEXのチューブレスキットの実績からして問題は無いのだろう。

私がチューブレス化に期待するのは燃費の向上とパンクのリスク低減だ。燃費の向上はチューブが無い事による軽量化と、チューブとタイヤのこすれによる熱損失の減少によるもの。パンクはチューブレスでも同じ確率だろうが、パンクした時の急激なエア漏れがチューブレスの方が少ないので、パンクしてから走れなくなるまでのマージンがチューブレスの方が大きいのだ。

あと、バイアスタイヤよりもラジアルタイヤの方が燃費が良いとされているので、チューブレス化にあわせてラジアルタイヤの採用も考えよう。

 

あらためて大久保力氏の経歴を検索していたらHONDAのサイトにコンテンツがあった。
リキさんのレーシング日本史「マイ・ワンダフル サーキット」
プロフィール「著書は、Hondaのスーパーカブと鈴鹿サーキットを“主人公”にした快著『サーキット燦々』(三栄書房)のほか・・・」とあったので早速入手。

スーパーカブの構想から開発、発売、鈴鹿製作所の建設、鈴鹿サーキットの建設にいたるまでのストーリーが数十ページに渡って描かれていた。

巻末に当時の主だったレースのリザルトが掲載されているのだが、スーパーカブ発売翌年、1959年の浅間火山レースの50ccクラスは1位から4位までがスーパーカブ(2位は生沢徹)。

しかし3年後の鈴鹿サーキットの初レースではCR110が活躍して当時の開発スピードの速さが垣間みれる。

 

丹念に売買欄を見ていれば当然、車名にも目が止まる。1968年12月号のモーターサイクリスト誌で見付けたのはCR110。現在では数百万円といわれるCR110が10万円という金額にも驚かされるが、投稿者は堀雄登吉氏だ。堀氏は1960年代から1970年代にかけてモトクロス、ロードレース、4輪のフォーミュラレースで活躍したお方。モトクロスのファクトリーライダーからロードレースに転向した最初のレースの模様が堀氏の自叙伝に載っている

このときぼくが使った車はホンダの50ccのDOHC(ダブルオーバーヘッドカム)だった。友人から譲り受けた車を、ホンダ専門で「エンジンの神様」といわれた吉村ホンダの親父さんのところは持って行き、完全に整備してレースに出たのである。運もよかったのだろう。この初レースでぼくは勝った。

つまりこのCR110は吉村秀雄氏のチューニングしたモノかもしれない。そうだとしたらCR110の中でも特別なCR110といえるだろう。

CR110は1962年の発売なので雑誌に掲載された時は6年落ち。とはいえこれが10万円とは・・・付属のパーツだけでも夢の様。そういえばホンダは1980年代まで相当旧い車両のパーツまで供給していた。私も1985年ころためしにCR110のミッキーマウスを呼ばれた特徴的なカムカバーをホンダに注文したところちゃんと入手できました。今は昔のできごとです。

投稿で堀氏の連絡先となっている東京オトキチクラブは1951年(S26)創立のオートバイクラブの名門で生沢徹、赤木圭一郎、夏木陽介、藤巻潤、大久保力なども所属していた。オトキチクラブと堀氏の名前は偶然の一致で関係は無いそうだ。

 

前回は1969年のモーターサイクリスト誌で風間深志氏の名前を見つけたが、さらにビッグネームの投稿を見付けた。

1968年4月号のモーターサイクリスト誌の売買欄で見つけた名前は片山敬済。そう、1977年にヤマハTZ350でロードレース世界選手権(WGP)チャンピオンを獲得した片山敬済(たかずみ)氏である。

彼は1951年生まれなのでこの当時は17歳。Wikipediaによると16歳でバイクの免許を取得し、はじめてのバイクはホンダCB450だったので、その後もいろいろと乗り継いでいったのだろう。

この後、20歳で神戸の名門チーム、神戸木の実レーシングからロードレースにデビュー。当時のクラス分けのノービス、ジュニア、エキスパートジュニア、を全て一年でクリアし、1974年に当時国内最高のセニアクラスに昇格するとその年の途中から世界選手権に参戦。さまざまな困難を克服して4年目の1977年にチャンピオンを獲得したのだ。

この号の表紙はスズキのT500を駆るのはGPライダーの伊藤光夫氏・・・この旧いバイク雑誌の売買欄チェック、面白くなってしまったのでしばらく続くと思います。

 

風間深志氏をご存知だろうか。バイクでアフリカ:キリマンジャロ山登攀を皮切りに、パリ・ダカールラリーやメキシコのBAJA1000マイルレース等に挑戦。エベレスト登攀、北極点到達、南極点到達とバイクでの冒険活動を続けてきた方だ。

わたしは先日、彼の名前をバイク雑誌で見付けた・・・バイクの冒険家なのだからバイク雑誌に載るのは当然なのだが、見付けたのはモーターサイクリスト誌の1969年12月号。この雑誌の売買欄に風間深志の名前があったのだ。

売られていたのはカワサキF-21MとYA-6。彼の経歴を見ると1966年からモトクロスを始め、10年間レース活動を続けたと書かれている。勝つつもりでレースをするのであれば、高性能な新型のバイクが必要となるので、古いバイクを処分していたのだろう。

この投稿は1950年生まれのバイク冒険家の19歳の時の生活の一部である。この号には載っていなかったが、当時のモトクロスの記事に彼の名前を見付ける事もできるかもしれない。

PS:この号のレースのリザルトに載っていた方でわたしが知っている方々。モトクロスでは大光明克征、加藤文博、大木富士夫、星野一義、鈴木忠男、山本隆、鈴木都良夫、水谷勝、従野孝司、矢島金次郎、吉村太一、森脇護。ロードレースでは高井幾次郎、木引繁雄、河崎裕之、隅谷守男、金谷秀夫、本橋明泰・・・名前を見つけるたびにワクワクします。

 

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テレビ東京の「太一×ケンタロウ 男子ごはん」を見ていたらテラスのバックが見慣れた光景・・・収録場所はいつもTimelapse撮影している画面の左側。会社から100メートルほどの場所にあるレンタルスタジオだった。

左はしのグレーの建物

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Timelapse撮影にはクイックシュー付きのボール雲台(スリック:SBH-120DQ)を使用していたが、剛性を高めるためレベリングユニットを入手した。これにクイックシュー(スリック:QD-10)を組み合わせれば使い勝手は従来以上となる。

 

雨の心配をしないでTimelapse撮影ができる様にケースを作った。プラスチック製の密閉容器にレンズ保護用のフィルターと、クイックシューを取り付けただけの簡単なモノ。Timelapse撮影なのでシャッターを切ってからふたを閉じればOK。フィルター面に雨つぶがつきにくい様にするには、フード状のひさしを付ければ良いと思うが、風の抵抗が増えてブレにつながるかもしれないので当面はこのまま。

 


ホンダ100株会でオリジナルの御用袋を製作しました。酒屋の一升瓶入れや大工の道具袋として使われていた形を縮小したものです。寸法(概算)高さ:22cm,幅:14cm,奥行:6cm。

 

S95に大型のバッテリーを接続できる様にした。バッテリーはリコーのカメラ用のバッテリー:DB-43。当初の輪ゴム接続は不便なので、DB-43用の充電器をケースに利用。これで着脱はワンタッチ。

外部バッテリーとの接続にはフィルムケーブルを使おうとしたが、フィルムケーブルは銅箔をフィルムでサンドイッチしてあリ、コネクタでの接続が前提なのでハンダ付けができない。そのため配線の被覆をはがして銅線を束を平たくし、それをセロテープでサンドイッチした自作のフィルムケーブルを作成。

 

4月1日のエントリーに作成したS95の外部電源を載せ、バッテリー取り出し部分をピンジャックで接続する様にしたいと書いたが、それよりも良い方法を見つけた。

小型の電子機器類に使用されているフィルムケーブルを使えば、バッテリーのふたと本体の隙間から引き出せるのでコネクタが不要になるというアイデア。思いついたきっかけはキャノンのサービスセンターで見た工夫。

S95を引き取る際、動作確認のために窓口の方が使用したバッテリーにフィルムケーブルが貼り付けてあった。たぶんバッテリーのスロットの変形や取出し用のスプリングのへたり等でバッテリーがスムーズに出てこない時の対策なのだろう。

フィルムケーブルが貼り取り付けられていても、その薄さゆえバッテリーのふたは問題なく開閉できていた。つまりフィルムケーブルを利用すれば外部バッテリーとの接続にコネクタを使わなくても済むという事だ。使えそうなフィルムケーブルをどこかで漁ろう。

4月 092012
 

S95が増えてしまった・・・落としたS95は費用面で修理はできないと思い込んでいたので、修理に出す前にオークションで代替機を落札していたのだ。

Timelapseで故障したSONY_A300の方はまだ代替機の入手に至っていないのでペンディングとし、このS95をしばらくTimeLapseで使用してみる事にしよう。

ところで修理されたS95にCHDK用のSDカードを入れると電源が入らない。修理の際にファームウェアもアップデートされたらしい。ファームウェアを確認すると修理前はGM1.00HだったのがGM1.00Kとなっている。こらが最新のファームウェアの様だ。

同じく今回オークションで入手したS95にCHDK用のSDカードを入れても電源が入らないので、ファームウェアを確認するとGM1.00E。こちらはいちばん旧いファームウェアの様。

ファームウェアの確認のついでに総ショット数を確認してみると、修理の際にリセットされた様で10枚。オークションで入手した方は1090枚だった。TimelapseでS95のシャッターはいつまで持つだろうか。

memo:S95のCHDK導入で参考にしたサイト
導入手順:http://bluesw.at.webry.info/201012/article_5.html
インターバルタイマーのスクリプト:http://momomhf.doorblog.jp/archives/1371608.html
総ショット数等の確認方法:http://momomhf.doorblog.jp/archives/1215540.html
CHDKのダウンロード:http://mighty-hoernsche.de/

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