8月 162015
 

c100um_1961

C100の取扱説明書におもしろい記述がある。奥付けにS36とあるので、C100が発売されてから3年後にあたる昭和36年(1961)ころの物でしょう。

それには主要諸元、各機能の使用方法、メンテナンス方法といった現在のバイクの取扱説明書と同様な内容も記載されている。もっとも当時の取扱説明書には点火時期の調整方法や、バルブクリアランスの調整方法なども載っていて時代を感じさせる。

それに加えてこの取扱説明書には「目で見る交通規則」として、様々な場面での交通規則がイラスト入りで12ページに渡って記載されていて、その中の「運転者の義務」という項目に「酔っぱらい運転の禁止」という記述があり、酔ってバイクを運転しているイラストが描かれている・・・のだが

そのイラストの下には「おかんした清酒1合以上、ビール1.4本以上」とあるのだ。
c100um_drunk

つまり酔っぱらい運転は禁止だが、日本酒なら1合以下、ビールなら1.4本以下なら飲んで運転してもかまわないという事だろう。

これを見てはじめは「のどかな時代だったんだなぁ」と思っていたが、今回これを書くにあたってすこし調べてみた。それによると現在につながる道路交通法が制定されたのは昭和35年(1960)。

その第65条には「何人も酒気を帯びて車両等を運転してはならない」とあるのだが、酒気を帯びての運転そのものを罰する規定はおかれず、処罰されるのは、酒の影響により正常な運転ができないおそれのある「酒酔い運転」だけだったのだ。

だからこの取扱説明書には「日本酒なら1合まで、ビールなら1.4本まで」なら酒酔い運転ではなく酒気帯び運転だから大丈夫と取れる記述になったのだろう。

しかし、道路交通法に「酒気を帯びて運転をしてはならない」とあるにもかかわらず、罰則が無いからといって「酒気帯び運転ならOKですよ」ただし「酒酔い運転は捕まりますよ」とメーカーが大々と公言するというのも・・・これもそうした時代だったという事なのでしょうね。

参考:酒気帯び運転に罰則が設けられたのは昭和45年(1970)だそうです。

5月 282014
 

2040529_1

スーパーカブが特許庁から立体商標として認められたそうです。バイクはもとより、乗り物の形状が立体商標登録されるのは日本ではじめてとの事。

プレスリリース:「スーパーカブ」の形状が日本で立体商標登録認可 ~乗り物として初の快挙達成~」

立体商標(りったいしょうひょう)とは、立体的な形状からなる商標をいう。立体商標は、商品や商品の包装そのものの形状としたり、役務(サービス)を提供するための店舗や設備に設置することにより使用され、商品や役務の提供元を需要者に伝達し、他者が提供するそれらと区別するための標識としての機能を果たす(出所表示機能、自他商品識別機能)。立体商標と区別して、平面的な商標を「平面商標」とよぶことがある。

Wikipediaより

・・・何やら分かりにくいが、不二家のペコちゃん・ポコちゃん人形やKFCのカーネル・サンダースの立像、かに道楽の動くかにの看板などが立体商標だそうだ。

プレスリリースによると

1958年の生誕から50年以上の間、機能的な向上を図りつつも、一貫したデザインコンセプトを守り続けた結果として、デザインを見ただけでお客様にHondaの商品であると認識されるようになったことが特許庁の審査で認められ、立体商標登録に至りました。

・・・との事だが「デザインを見ただけでお客様にHondaの商品であると認識されるようになった」のは、実際にはC100が発売された1958年から数年の間だけだろう。

C100の爆発的な人気により、多くの競合メーカーがスーパーカブのデザインを真似た車両を売り出した事は、カブ好きなら誰もが知っている事だ。

スーパーカブの普及により、バイクに詳しくない人は「バーディ」や「メイト」を指して、スズキの「カブ」やヤマハの「カブ」と呼んだものである。

「デザインを見ただけでHondaの商品であると認識されるようになった」のは発売当初だけで、類似品が出た後は

「スーパーカブの様なバイクはスーパーカブであると“誤って”認識されるようになった」

というのが事実だろう。

いずれにせよ、爆発的な売り上げや類似品の氾濫、そしてカブの一般名称化は初代のスーパーカブ、C100のコンセプトとデザインが如何に優れていたかという事である。

C100のコンセプトは本田宗一郎が、そしてデザインは木村譲三郎氏がまとめたモノ。その木村譲三郎氏は本年の2月に他界されました。

「木村さん、素晴らしい乗り物をありがとうございます」
2月 292012
 

日本の会社にもかかわらず国内での販売には消極的で入手が困難だったため、わざわざアメリカから輸入していたKeysterのキャブのオーバーホールキットが入手しやすくなった。

製造元の岸田精密が国内での販売をはじめたのだ。これは昨今の円高で輸出の収益が悪化したためだろう。

扱っているのは「燃調(燃料調整)キット」という製品で、オーバーホールキットに数種類のメインジェットやパイロットジェット等が追加されている。わたしが輸入したキットはノーマルのジェットしか入っていないので、社外品のマフラーに換えたり、エアクリーナーを外したりしている方には便利なセットだろう。

価格は1セット税込み3150円なのだが、配送料が別に1000円掛かるので、トータル4150円という金額になってしまうのが少し残念なところ。ノーマルのジェット類だけでよければ当方では送料込みで2800円です。これはC100ユーザーの方々のお役に立てればと思って取り扱いを始めたためですので、国内でも容易に入手できる様になったからは、現在の手持ち限りで取り扱いを止めようかと思っています。詳細はBuy/Saleのページをご覧ください。(C105用等もあります)

あと、オーバーホールしたい状態のキャブであれば、燃料コック部分のゴムパーツも劣化していると思います。最近このパーツも取り扱いはじめましたので一緒に交換する事をおススメします。

1959年製のC100

 

数々の偶然と人々の親切のおかげで、2001年の5月に私の手許に来てくれた、1959年製のC100を紹介させていただきます。入手の経緯はこちらをご覧ください。

C100発売当初は技術的に樹脂製のパーツを車体と同色にする事ができなかったため、1959年までのモデルはFrフェンダーが水色であり、初期型暫定色と呼ばれている。1959年以降は車体と同色となった。また、レッグシールドは6箇所をボルトで固定する形状だったが、1960年からは後部をプレートで押さえる方式に変わった。

キャリアは前オーナーが仕事で使う道具が増えたため、後年のものと交換。オリジナルは失われていた。現在付けているのはC100でも後期のモノで、ステ-や手掛けの有無が異なる。手掛け部の無い当時のキャリアがありましたらぜひお譲りください。 (その後、田中さんと臼井さん、中森さんのおかげで当時のパーツを入手する事ができました。ありがとうございます。当時のキャリヤは59年と60年では手掛けの有無以外にも、水抜き穴の位置が異なったりといった違いを見る事ができました。2001.11.10)

マフラーもサビによる穴空きで4-5回交換され、入手時にはOHCエンジン用のマフラーが付いていた。現在はとりあえず友人からの借り物に付け替えてありますが、どなたか当時のマフラーをお持ちに方は譲ってください。なお、当時のマフラーは下部のボルト2本だけで固定されていたため、後部が下がってくる事が多く1962年ころから上部にもステ-が追加された。 (その後、中森さんに当時のパーツを分けていただきました。ありがとうございます。2001.11.10)

車体色は青(マルエムブルー)であるが、1959年前期までの塗装は変色しやすく現在は緑色の様である。1959年以降は耐久性に富む塗料が使われ色褪せは少ない。エアクリーナーケースは鉄製で車体と同色。1959年以降はプラスチック製となった。

左右のフォークをつなぐパイプのプラグ(蓋)は水色のゴム製。またスイングアームの左右をつなぐパイプの蓋は鉄製である。いずれも1960年以降はプラスチックの成形品となった。

センタースタンドは鉄棒に補強を加えた構造。後のモデルはパイプがベースであり構造が異なる。

Frウインカーは1960年を境に前期型と後期型に分けられ、両者はレンズおよびハンドル側のベース形状が異なる。ホーンカバーはアルミの鋳物製で、1961年以降はアルミ板をプレス成形したものに変わった。Frショックは上下のブラケットがアルミ製で、スプリングには樹脂製のカバーが付けられているが、1960年以降はブラケットが鉄製となりカバーは付かない。

前後輪共全てのスポークが内側から張られており、内張りスポークを呼ばれている。見た目にはすっきりとして美しいが耐久性に難があった様で、1959年以降は通常の内外張りとなった。

左側に付くフロントハブ別体のスピードメーターギアユニットは1961年まで採用されたが、以降は右側のブレーキパネルに内蔵された。

フロントブレーキのトルクロッドは1960年までのC100に見られるが、以降はコストダウンのた簡略化(廃止)され、ブレーキを掛けるとフロントサスが伸び上がるというカブの特徴が生まれた。

また、内張りスポークのハブはブレーキドラムの内径が120ミリで、以降のモデルよりもシューの巾が狭い。1959年以降は110ミリ径となり以後そのサイズは現在まで不変。

C100の車体番号は、1960年までC100-YY-*****と生産年(西暦)の下2桁が使われていたため、生産年の判別が容易。このC100は1959年製である事が分かる。この年の生産台数は167,500台とあるので、平均すると月産約13,900台となるが、この当時は毎月加速度的に生産が増加したため、実際にはこの年の前半、3-4月ころの製造と思われる。

1959年製のエンジン番号はC100E-9*****と表示され、はじめの9は1959年製を表わしている様だ。当時はまだ車体番号とエンジン番号の差は少なく、このC100は9番違いで車体番号の方が若い。

1960年までのC100は、クランクケースの2箇所と共にシリンダーの両側でもエンジンをマウントしているため「吊りカブ」と呼ばれている。また1961年までのモデルは、クラッチ調整用のロックナットが二つあるため「二つ星」と呼ばれた。以降はアジャストボルトと同軸=ナット1個となり、この構造も現在まで不変。また、このタイプはクラッチディスクが3枚なのに対し、以降のモデルは2枚と異なる。

1959年前期までのキャブレターにはティクラーが無く、燃料コックのリザーブ機能も無い。なお、本来付いているはずの金属製のブリーザーパイプは失われていた。

シフトペダルはアルミ製。耐久性とコスト面からだろう、1959年以降は鉄製となった。また、シリンダー下部のダストガードはアルミ製で、内側にはアンダーコート状の塗装が施されている。1959年以降はプラスチック製。

1959年中頃までのモデルは、オイルラインのバンジョーとボルトがシリンダーヘッドに斜めに付いている。以降は水平。

型式認定プレートはエッチング製でクランクケースにリベット留め。1959年以降はフレームへのリベット留めとなり、1960年以降は印刷されたプレートがフレームに貼り付けられている。

当初C100は点火コイルをエンジンに内蔵するマグネトー点火であったが、初期のモデルは熱による不具合が多発したため、2次側の点火コイルをエンジンの外側に移設する対策が取られた様。このC100も対策品に交換されており、ハイテンションコードの取り回しや、クランクケースのメクラ蓋にその痕跡を見ることができる。

1959年後期以降のモデルとはウインカーリレーやレクチファイヤの配置が異なる。レクチファイヤにはMAR 59と印字され、生産時期が推察できる。

ハンドルグリップは薄青だが、1961年以降は茶、黒と変わっていった。またスイッチやホーンボタンは青色で、ホーンボタンは左右両側についている。1961年以降は黒となりホーンボタンは左側のみ。ニュートラルランプの枠には金属製のリングが嵌められている。1960年以降はプラスチック枠。この車輌のライトカバー(ケース)は樹脂製だが、1959年のモデルはアルミ製。

ハンドル自体も前期のタイプは内側が鉄板で覆われたモノコック風の構造。1961年以降はハンドルパイプが見える構造に変っている。エアクリーナーケースのカバーはアルミの鋳物製で、1961年以降はアルミ板のプレス成形品。

1959年前期までのスピードメーターはオートメーター製で、オドメーターの文字はエッチングに色差しという凝ったもの。以降は矢崎、電装、日本精機社製等が使われた。

1959年前半までのタンクマークはネジ留め式。以降は印刷したアルミ板を貼り付ける方式。

当時の小型2輪車はほとんどが2サイクルエンジンで、燃料にはガソリンにオイルを混ぜた混合ガソリンが使われていた。そのため誤って混合ガソリンを入れられない様に「ガソリンだけ入れてください。混合油はいけません。」という注意ラベルが1959年まで貼られていた。

茶色がかった赤いシートで後のモデルより先端が尖った形状。シートヒンジにはゴムブッシュが入っている。後部のロゴも旧くて素朴、裏側の鉄板の形状も独特。

メインスタンドを掛けるための手掛かりとして1959年まで用いられたが、以降はキャリヤの下側を手を掛けやすい形状とする事で廃止された。リアショックのボトムケースは鉄製。1959年の後期からアルミ製となり1962年頃から再び鉄製となった。上部にはグリスニップル付き。

鷲鼻と称される小型のテールランプ。1961年に大型化されそれ以降も2度に渡って大型化された。

当時のままのナンバープレートには松阪市の封印!が施されている。

前オーナーの話では一度パンクしたことがあるが未交換!との事。前後共KOKOKU(興國?)というブランド。

この様に外観からはこうした特徴を見ることができる。なお、C100が発売された年、1958年(前期)のモデルではシリンダーヘッドカバー(ロッカーアーム保持部)がアルミ製であったり、サイドカバーが鉄製といった特徴を持つ。また、1958年初期のモデルについては、別冊モーターサイクリスト誌の1999年11月号に詳しい紹介記事が載っている。(本編の記述には大阪の中森さんにご協力いただきました。多謝)

2001-05-10作成; 2002-11-29改訂

C100の楽しみ

 

クラブ

最近はC100の維持にも様々な困難や面倒が掛かるようになってきました。こうした時には同好の士がいると何かと助かる事も多いですし、それより何より楽しいです。C100をメインに活動しているクラブとしては大阪のCub’s Clubさんや埼玉のホンダ100株会があげられます。

イベント

C100での楽しみというと何があるでしょうね。旧車としてはレストアが筆頭でしょうが、C100はCub-Prixというロードレースも行われていますのでレースやチューニングも楽しいでしょう。最近ではダートトラックレースも行われている様です。また、このところ部品交換会が定着してきましたね。これも一種の宝探しの様で楽しくもあります。イベントの情報は貧弱ではありますがこのサイトのイベント欄も参考にしてください。

わたしの楽しみ

わたしは現在エコランとカスタム化を楽しんでいますが、楽しみ方は乗ったりいじったりばかりではないと考えます。歴史を知ったり考える事も楽しみ方のひとつでしょう。最近はC100が発売された当時の広告デザインや風俗、生活等に興味が広がりつつある今日このごろです。

2000-02-01作成、2002-11-29改訂

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C100の生産台数

 

 
 
生産台数
 
累計台数
 
1958
 
24,195
 
24,195
 
1959
 
167,443
 
191,638
 
1960
 
564,365
 
756,003
 
1961
 
661,398
 
1,417,401
 
1962
 
790,012
 
2,207,413
 
1963
 
889,005
 
3,096,418
 
1964
 
822,719
 
3,919,137
 
1965
 
790,396
 
4,709,533
 
1966
 
700,296
 
5,409,829

備考:数値にはC100系の他機種や海外でのノックダウン生産分も含まれている。 この他に月次別の生産台数の資料もあるが、数値の整合性に疑問があるため掲載していない。 (それには1958年の8月が276台、同年12月は5251台とある) OHVエンジンのC100系カブは1966年にOHCエンジンのC50系に代わったが、北米ではCA100として1970年まで販売されていた様である。
参考文献・出典:「スーパーカブの本」岩野漠著:光陰書院刊、「国産二輪車物語」小関和夫著:三樹書房刊他
2000-02-01作成、2004-01-15改訂

C100の資料

 

サービスマニュアル

C100に限りませんが、自分でバイクをいじるならサービスマニュアルは持っていた方が良いでしょう。分解方法や各種の基準値、トラブルシュートの方法まで載っていますからね。また、当時のサービスマニュアルは、現在のプロ向けのものよりはるかに優しく平易に書かれています。C100の発売当時は自転車屋さんがカブの販売を始めた様な、専門的な知識に乏しい店が多かったためなのでしょう。

パーツリスト

サービスマニュアルと並んでパーツリストも欲しい資料です。部品の発注には当然ですが、分解、組立用の資料としても役立ちます。なお、あまり旧いパーツリストは現在ホンダが使っている部品番号と異なる構成の番号となっていますので注意。現行品番である5桁-3桁-3桁の部品番号の物の方が便利です。もっとも部品番号が分かっても最近は供給中止の部品も多くなりましたので、相対的にパーツリストの利用価値は低下したといえます。まあC100の製造が終了してから40年以上経っているのですから仕方の無い事でしょう。

取扱説明書

ご自分でC100をメンテナンスしない場合でも、取扱説明書くらいは持っていた方が良いかもしれません。この頃の取扱説明書には、タペットクリアランスやポイント隙間等の数値が載っていますし、配線図もありますのでバイク屋さんに整備や修理を依頼する際、一緒に渡しておくと先方も助かるでしょう。

配線図

C100用資料集CDを作成しました

上記のサービスマニュアル、パーツリスト、各種配線図、取扱説明書をまとめてCDにしました。サービスマニュアル(142ページ)、パーツリスト(123ページ、C100,C102,C105,CD105兼用版、新旧の部品番号併記)、配線図(初期型、中期型、後期型およびC102)、C100/C105の取扱説明書(52ページ、軽整備方法記載あり)ファイル形式はPDFです。頒布費用:1,980円(送料込)お問い合わせはこちら(E-Mail)

書籍

乗ったり直したりしてると、そのうちにC100の生い立ちや歴史を知りたくなる事でしょう。そういった方にお薦めなのが、三樹書房の『ホンダスーパーカブ』。本書は1997年に出版され永らく品切れになっていましたが、2001年に増補改訂版として再発売されました。Amazon.comで購入できます。

2000-02-01作成,2012-01-19改訂

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C100の部品

 

部品

時が経つにつれ製造中止になるC100の部品が増えています。また、供給される部品もビックリするくらい高い値段が付いている事も少なくありません。C100の部品番号がわかるからといって、むやみにその部品番号で注文するとひどい目に遭う事があります。たとえばホイールリム。現行のカブ(C50)のリムとC100のリムは部品番号が異なりますが製品は同じ物といって差し支えありません。しかしC50のリムは3千円ですが、C100用は8千円もしました。些細な部分にこだわるのも一興ですが、チープに楽しむのも悪くはありませんよ。

また、C100の部品番号では供給されなくなった部品でも、C50の部品が使える事も少なくありません。例えばブレーキシューやクラッチ板はC50のモノが使えますし、ブレーキワイヤーもC65用で代用できる様です。以上は1960年代のC100を前提としていますので、吊りカブや二つ星には当てはまらないかもしれません。

ボルトやナットはほとんどが規格品であったりC50の部品で代用できるのですが、ウインカーの取付ネジ等の小さなネジには現在一般的とは言えない旧JIS規格のネジが使われています。この旧JISは現在のISOネジとは3ミリ径や4ミリ径のサイズのピッチが異なるので注意してください。

エンジンのガスケットをご自身で作成するには、クランクケースにスタンプインクを付けてガスケット紙に転写する方法がポピュラーです。しかし、先日スタンプインクが手許に無かったので、クランクケースをスキャナで読み込んで、それをプリンタで印刷する方法を試したらなかなか上手く行きました。スタンプインクがあれば転写した方が早いかもしれませんが・・・

先日キャブのオーバーホールキットを入手しました。社外品ですがパッキン、ジェット類ニードル類、アジャストスクリュー類、フロートバルブやスプリング等が一通り入っています。C100用とC105用があります。詳細はBuy/Saleのページをご覧ください。

2000-02-01作成、2004-05-09改訂

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C100の外装

 

C100を永く楽しむために

樹脂パーツ

ゴム、プラスチック類の劣化も進んでいます。特に注意したいのはプラスチックの劣化。レッグシールド等、劣化したプラスチック部品はちょっとした衝撃で割れてしまうことがありますので、取り扱いには現在のカブよりも多少気を遣ってやりたいところ。これらの部品は金属製の部品よりも再生がムズカシイので気を付けてください。特に気温の低い冬場は要注意です。

もし割れてしまったらベトナムのヒトを見習ってハンダゴテあたりを使って直してみますか。現在は樹脂パーツ用のプライマー(密着剤)や塗膜を柔軟にするソフトナーもありますので、以前に以前に比べれば塗装も容易になっている様です。なお、普通のハンダゴテは温度が高くなりすぎて、樹脂を変色させてしまいますので、補修には温度調整のできる物が良いと思います。

マフラー

これがダメなためC100に乗れないオーナーの方も少なくないのでは。C100のマフラーは錆びやすいですからね。マフラーは直すより新しいモノを手に入れた方がてっとり早いので、お金に余裕がある方は新品を手に入れてください。しかし、ホンダから供給されなくなってからは、市中での価格は高騰気味。私も以前に20本ほどまとめて入手したのですが、友人に分けたりして今は自分の分しか無くなってしまいました。

あと、先日C100を愛好する大先輩から、マフラーを永く保たせる方法を教えてもらいました。その方はオイル交換の際にはマフラーを外し、廃油をマフラー内に行き渡らせてから捨てているそうです。マフラーがダメになる原因の大半は内部に発生する水ですので、この作業でマフラーの寿命は大きく延びるとの事。私も実践するつもりです。また、センタースタンドを跳ね上げるとマフラーに衝撃が伝わりますので、こうした事にも気をつかうと寿命を延ばすことができるでしょう。

2000-02-01作成、2002-11-29改訂

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