『禅とオートバイ修理技術』

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作者のRobert M Pirsigと息子のChris

舞台は1960年代の北米。大学の教授であった著者≒主人公は精神に異常をきたし、その治療のため脳に電気ショックを与えられた影響で過去の記憶を失ってしまいます。その後テクニカルライターとして再出発した著者が、妻と11歳の息子、そして著者の友人の四人でオートバイの旅をしながら各地をめぐリます。

物語は旅の体験、オートバイをメンテナンスする事への思索、失われた記憶との対峙が繰り返されたり、たがいに絡み合いながら進みます。文章は精神世界を描いた部分が多く、翻訳本独特の日本人には違和感のある言い回しも多いので、それについて行けるかどうか、読み手を選ぶ本とも言えます。

しかし、著者の体験や修理に関する表現から、彼が実際のバイク乗りであり、メンテナンスも自分で行なっている事が分かります。わたしが共感したり関心した箇所を抜き書きしますと・・・

わたしの友人に、メーカーも年式も私とまったく同じバイクに乗っている人がいるが、偶然にも同じ年にバイクを修理に出した。その後機会があって試しに彼のバイクに乗ってみたが、そのときそれが私のバイクと同じ工場で作られたものとはとうてい思えないような経験をした。作られたときはどちらも、乗り心地といい、エンジン音や排気音といい、同じように設定されていたはずなのに、それがまったく違っているのである。どちらが悪いというわけではない。ただ全然違っているのだ。ハヤカワ文庫NF版上巻97頁

いかに修理工といえども何の失敗もなく完璧にやってのける人はまずいないという事実に接すれば、多少なりとも不安は減少する。専門の修理工がひどい仕事をしても、分からなければ客は黙ってお金を払うしかない。だが自分で間違いを犯せば、少なくともそれ相応の知識を得ることになる。同下巻201頁

私は良く、ナットやボルトやピンなどをきれいに掃除する。ナットが弛くなったり、きつくなったり、錆びついていたり、あるいはネジ山に汚れが詰まっていたりすると、私は恐怖を覚える。だからひとつ見つけたら、すぐにゲージとカリパスでピッチの幅を測り、ネジ切りでネジ山を切り直し、よく調べてからオイルを塗ったりする。こうして辛抱強くやっていると、新たにまた全体が見えてくる。また使った道具を掃除したりするものいい。これは大切なことだ。というのは、短気を起こす最初の兆候は、必要な道具にすぐ手が届かないという苛立ちにあるからである。手を止めて、散らかっている道具をきちんと整理しなおしておきさえすれば、短気を起こすこともないし、時間を無駄にせず、仕事を順調に進める事ができるのだ。同下巻204頁

ボルトやナットを扱うには技術を要するが、これらの金属には相当弾力性があることを知っておくべきだ。ナットを締める場合、これには3つの段階がある。まず「フィンガー・タイト」という、接触していながら弾力性が吸収されていない状態。次に表面の弾力性が柔らかく吸収されている「スナッグ」。そして「タイト」と呼ばれる、すべての弾力性が吸収されている状態である。この3つの段階に要する力は、ナットやボルトのサイズによって異なる。また鋼鉄、鋳鉄、アルミニウム、プラスチック、セラミックなどの材料によっても違う。その「勘」を持っている人は、ここぞというときにピタッと手を止めるが、「勘」のない人は、締めすぎてネジ山をつぶしたり、部品を壊してしまったりする。同下巻213頁

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作者のRobert M Pirsig

本書は1974年にアメリカで出版され、その内容から特に技術者たちの間でベストセラーになりました。そのためその後、技術解説関連の書籍に『Zen and the Art of ◯◯◯』というタイトルを付けるのが流行ったそうです。

これを書いていて思い出しましたが、リチャード・バックの『カモメのジョナサン』に興味を持てた方なら、この『禅とオートバイ修理技術』も読めると思います。ちなみに『カモメのジョナサン』は1970年の出版ですからほぼ同時代ですね。

もしかしたら『禅とオートバイ修理技術』は、理系の方向けの『カモメのジョナサン』なのかもしれません。ところで先ほど“カモメのジョナサン”で検索してみましたら、2014年に続編が発表され『カモメのジョナサン完全版』として出版されたそうです。

Zen and the Art of Motorcycle Maintenance
『Zen and the Art of Motorcycle Maintenance』Robert M Pirsig

○Link: Google検索 “禅とオートバイ修理技術”

○Link: Google検索 “カモメのジョナサン”

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