『がむしゃら1500キロ』

クライドラーic

このサイトをご覧になる方々の多くは、浮谷東次郎の「がむしゃら1500キロ」をご存知だと思います。ただし、読んだことがある方でも、読んだのは相当むかしの事ではないでしょうか。まだ読まれていな方にはご一読をおすすめしますが、念のためこの⇩様な内容の本です。

ウィキペディアより
中学3年生の夏休みにドイツ製の50ccの2輪車であるクライドラーで、市川市~大阪市間を往復。大阪に滞在していた母方の祖父、堀川辰吉郎を訪ねる旅だった。当時の日本は一級国道もほとんど砂利道であり、現在に比べ信頼性の低かった自動車や2輪車で東京と大阪を旅行するのは冒険といえた。ましてや中学生の少年の一人旅である。浮谷は道中で多くの人と出会い様々な体験をしたが、その道程を体験記『がむしゃら1500キロ』の題でまとめ、私家版として本にしている。

ウィキペディアの解説よりも、出版社の内容紹介の方が、興味がそそられます。

筑摩書房の内容紹介
がむしゃら1500キロ
炎天下、15歳の少年が50ccのバイクに乗って、市川―大阪往復1500キロ走破の旅に出た、たったひとりで…。坂道やジャリ道に悪戦苦闘しつつ走りながら、いろいろな人に出会い、さまざまな体験を重ね、考えた―人間について、労働について、生活について、男と女について…。自分の能力に対する限りない挑戦の記録「がむしゃら1500キロ」を中心に、日記や手紙を収め、思春期まっただ中の伝説の名レーサー東次郎の心の軌跡を追う。

東次郎は目的地の大阪で、この体験を旅行記にする事にしました。書きはじめたのは旅行の直後からですが、本としてまとめられたのはその約1年後、両国高校に入学してからです。

高校生になった東次郎はオートバイの免許を取り、ヤマハのYD-1(250cc)に乗りはじめました。「がむしゃら1500キロ」のあとがきが書かれたのはそのころです。その中に50ccのバイクを思い出してこうあります。

「しかし、ぼくは50ccバイク(モーペット)の良さというものを忘れる事はできない。チャンスがあれば、もう一度モーペットで大いにあばれてみたいと思う。幸い日本でも、ホンダのスーパーカブ、タス、ススキモーペット等、優秀なモーペットが完成されてきた。今度は日本のモーペットに乗ってみたい。広大な北海道へ行ってみたい」

このあとがきには、昭和33年9月11日と日付けが入っています。そうです。スーパーカブが発売された8月の翌月に書かれたのです。そこにスーパーカブが取り上げられているのです。東次郎がスーパーカブを知ったのは新聞等の広告でしょうか。それともオートバイ雑誌なのでしょうか。

○Link: ウィキペディア:浮谷東次郎
○Link: 筑摩書房「がむしゃら1500キロ」

※「がむしゃら1500キロ」は絶版になっていると思いますが、図書館にはある事が多いでしょうし、古書としてAmazonやオークションサイト等でも入手が可能です。
※ちくま文庫の「がむしゃら1500キロ」には、東次郎のあとがきが掲載されていますが、ちくま少年文庫版はあとがきが省かれています。
※東次郎の書籍に「オートバイと初恋と」というタイトルのものがありますが、以前に出版された「わが青春の遺産」を改題したもので内容はおなじです。

※本稿は2001年に書いたカブ徒然『浮谷東次郎』を消してしまったため、2018年にあらたに書き起こしたものです。その後、元の原稿が見つかりましたので、下記の場所に置いてあります。
カブ徒然「浮谷東次郎」

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『がむしゃら1500キロ』” への2件のフィードバック

  1. こんばんは。
    自分は「がむしゃら」は高校生の時に読んだ記憶があります。読んだのは文庫本で今でも家にあります。娘にも読ませました。
    自分がこれまで読んだ本で記憶に残っているのは「がむしゃら1500㌔」と「栄光への5000㌔」です。なんとなく似た題名ですね。

    1. 長田さん「がむしゃら1500キロ」が市販されたのは1977年ですので、長田さんが読んだのはその頃なのですね。「栄光への5000キロ」といえば長田さんも乗っていた510。江東区の図書館にありましたので予約しました。映画の方もまた見たいと思います。ブルーバードといえば「ブルーバード物語 日産対トヨタ 技術者たちの熱き戦い」という本を見つけましたので、こちらも読もうと思います。

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